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働き方のパーソナル化が進む中、オフィスに求められる役割とその運用の仕方とは? ―東海大学 現代教養センター 教授 田中彰吾 博士(学術)インタビュー後編

[March 24, 2020] BY Yuichi ITO

働き方改革関連法の施行や今夏の東京五輪開催を背景に各所で進められてきたテレワーク。加えて、新型コロナウイルス感染拡大の懸念から、政府も在宅勤務などを積極的に経済界へ働きかけ、その動向にはより拍車が掛かる。通勤時間の削減やワーク・ライフ・バランスの実現といった個にフォーカスした取り組みにより、働き方のパーソナル化の是非が問われる現在、ワーカーが集い作業を共にしていたオフィスのあり方も再考を迫られていると言っても過言ではないだろう。

言葉だけではない非言語コミュニケーションの伝達を円滑に行えるというオフィスの価値に触れた前編に続き、後編では、働き方のパーソナル化が進む時代にワーカーが集まるオフィスに期待される役割とその運用方法について、東海大学 現代教養センター 教授 田中彰吾 博士に話を聞いた。

前編:ウェブ会議で得られない、リアル会議の「熱量」の正体とは?

人間は場所への愛着を持つ動物

近年のオフィス作りで話題となっているオープンスペースやフリーアドレス制度。社員を縛り付けることなく自由な働き方を推奨するものだが、社員からの評判は上々かというとそうではないケースも存在する。その原因の1つは「自分のパーソナル空間」を個々がオフィスで実現しにくいことにあるようだ。

人間は、場所を使い続けるとある種の愛着を持つという。例えば、田中氏が授業時に教室に着席する学生を観察していると、ルール上はどこに誰が座っても構わないにも関わらず、2~3回座った場所にその後も続けて座る学生が多くいるそうだ。人間は特に場所の指定がない場合でも、何となく居心地が良かったり、集中できたりと、気が付かないうちにそれなりに場所との関係を作っている。対ヒトと同じで、場所に対しても特有の相性がある。身体の感受性により、くすぐられるポイントがあり、特定のメンバーで職場を共有するときには、メンバー全てにとって最快適の組み合わせとなっているのが理想の環境だろう。

その点、オフィスでも考慮する必要があるだろう。フリースペース利用に腰が重く、固定席をカスタマイズすることで愛着度が増し、身体が紐づけられる人は少なからずいる。愛着を深めてオフィスと関わるのを良しとするのか、誰もが自由に場所を選べるようにするのを良しとするのか、考え方が分かれるポイントだろう。「動物には人間ほどの個性はないので、巣の空間利用は似たりよったりになるが、それでもある種のこだわりを持っていて場所に対する愛着は強い。人間の体の中にその感受性が残っているとすれば、場所に対する愛着は再考に値する」と田中氏。人間はひとつの場所を使い始めるとカスタマイズを始める、自分の居室が最たるもので千差万別だ。職場のデスクスペースも使い方は人それぞれだろう。

パーソナルスペースの有無はワーカーの創造性に影響する

田中氏は学生に自らのパーソナルスペースを図に描かせて調査したことがあるそうだが、概ね自分の居室を書き、カスタマイズしている詳細も記載されたという。居室の中でここだけは友人に座って欲しくないなど、各自強烈に自分の縄張り感が見られたそうだ。作業スペースとしてフリーに使える場所と、その裏側で個人に依存するパーソナルスペースの担保は重要な要素になると想像する。

パーソナルな部分をオフィスのどこに残すかは難しい問題だが、「創造性と関係している」と田中氏は考察する。例えば、漫画家や作家の書斎にあたる場所は、自分の好み通りにカスタマイズできているからクリエイティビティが発揮されているのではないだろうかというのだ。環境のセッティングと言い換えてもよく、効率を優先するのか、その人でないと作れないものなのかのさじ加減だ。現状、オフィスは所属する社員があまねく公平で最大公約数を取るのが正義となっているため、作業内容によってスペースを選択できるようするABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)はひとつの解になるかもしれない。

映像制作で有名なピクサーのオフィスはスティーブ・ジョブズ氏の意志が反映され、社員には自由に使えるフリースペースとは別に個室も与えられる。高いクリエイティビティが求められる同社でチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めるジョン・ラセター氏の執務部屋は同社の誰よりも手の込んだ作りとなっている。(画像はPixar Planetより)

パーソナルな固定席もあり、自由に使えるフリースペースもあるオフィスが理想的と言えるかもしれないが、アメリカ西海岸に本社を構えるAirbnbや日本のFabric TokyoFringe81のように実践する企業はごく少数に限られる。時流であるフリーアドレスは100人社員がいれば本来100席作るところを、狭小問題を抱える日本においては60席だけ作って効率性を高める弥縫策となっている。その点では個々人のスペースを設けることは時代に逆行するが、折衷案として田中氏は「休憩スペースにある程度、個人の優先性が確保できる仕掛けがあるといい」と指摘する。つまり、リラックスする自分の居室をカスタマイズするのと同じで、会社の中で作業という目的から解放された休憩を取る場所にそれぞれの特等席があると心が休まりやすいというのだ。

オフィス運用は人材開発

オフィスにおける働き方のパーソナル化とオープン化の両立が難しいのは、オフィスのあり方そのものが社員の成長に大きく影響するからでもある。適度な両立ができた時には、社員の生産性や創造性といったものを超えて、彼らの行動そのものを大きく変える。

周りにいる人たちが自分と異なる作業を行っている認知がある時とない時では、行動パターンは大きく変わるという。例えば、電話が苦手な若手社員の電話を「かけない・取らない・聞かれたくない」の行動も延長線上にあるのはないだろうか。周りからどのくらい注目を集め、見られているかに敏感なのだろうが、先輩社員からすれば早く慣れて欲しいのが本音だろう。もし、若手社員が本当にコミュニケーションが不得手であれば、隣で聞いていて改善点を促すこともできるが、その場を避けられるとその機会も失われる。

一方で若手社員からすれば、現在はコミュニケーションのチャンネルが多種多様にあふれ、使い方・作法やコミュニケーションのパターンが一通りではない上に、「そもそも場所やツールに合わせたコミュニケーションの取り方を習ってきていないし、会社でも教わっていないので判断がつかない」という声が聞こえてきそうだ。2つ以上のチャンネル、例えば人と会話をしている時に着信があるなど、コミュニケーションがバッティングした際にどう対処していいのか分からなくなるのだろう。社会自体も新しいツールが登場するたび、それに適した使い方を書き換える進行形で進んでいることも、問題を複雑にしている一因かもしれない。

オフィスでの「見て学ぶ」は、中長期的な人材育成に効果的

会社などの帰属コミュニティにおいて、教養のひとつとしてコミュニケーションについて教えていくことが、先の問題の解決に繋がるという意味でオフィスには大きな役割があると言えそうだ。「認知科学でいう正統的周辺参加、つまりその場に参加して皆がやっていることを見ていることが大きな教育効果を持つのでは」と田中氏。徒弟制度などで見られる、〈その場に慣れる、見て学ぶ〉ことで、振る舞いなどを身に着けられるというのだ。

今どきは「見て学ぶは教えてくれない、見ただけでは分からない」という声もあるだろうが、その場で何かを指示されなくても、その場にいることで何かを学ぶを具現化することが、オフィスの効果のひとつとして期待できるそう。その場に一緒にいることで多くのことを見たり・聞いたりするため、中長期的にその人の仕事のやり方やスキルに良い影響をもたらすと考えられる。田中氏は、「この影響は測れないし、家庭における子どもの教育のようなものだ。

これまではみんがやっていることを見て自然と学んできたことなので、無償と思われがちかもしれないが、人材開発費といっても過言ではない。優秀な上司がいるだけで触発されて仕事ができるようになることと同様、マラソンのペースメーカーと同じで引っ張ってくれる人がいるだけで、自ずと走り出す。もちろん数字をあげて会社に貢献する人も大切だが、今後は良い塩梅で背中を見せられる人が組織としては大切だ」と締めた。

オフィスを作る時は経営戦略上の投資、運用するときは人材開発費と考えれば、必然的に資本を投入するしかないということだろう。オフィスの構築・運用には、非言語コミュニケーションの触発と組織体の〈文化の共有〉に加えて、長期的に人を育てる目線が肝要だ。

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この記事を書いた人

Yuichi ITO食品メーカーからPR会社を経て、オフィスコンサルティングファームの広報へ。社会人スタート以来、マーケティングや広報といったコミュニケーション活動に一貫して従事。ライフワークにワークプレイスや働き方に関する情報発信が加わり、広く興味津々。

    
    
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