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築古オフィスビルの再生に、建て替えではなくリノベーションが選ばれている理由

バブル期に建設された大量のオフィスビルが築30年を迎えている。老朽化した築古ビルの再生に、建て替えよりもリノベーションが選ばれているのはなぜか。事例を通して解説する。

競争力を失った築古オフィスビルが増加

オフィスビルの多くが築30年を迎えている。株式会社ザイマックス不動産総合研究所のレポートによると、東京23区のオフィスビルの約9割を占める中小規模ビルは、バブル期(1986~1997年)に竣工した築25~36年の物件が多く、平均築年数は33.6年と高齢化しているという。

築30年ほどが経過したビルは、何も策を講じなければ劣化が進み、競争力を失っていく。さらに、在宅と出社のハイブリッドワークが急速に浸透したことでワークプレイスへのニーズに変化がみられたことも価値の低下に追い打ちをかけている。コミュニケーションやコラボレーションの促進こそがオフィスの役割と考えられるようになり、昔ながらのオフィスがますます選ばれづらくなっているのだ。

こうした背景から、近年、築古オフィスビルのリノベーションが増加している。既存ビルの部分的なリフォームや、一度取り壊してからの建て替え新築という選択肢もあるなかで、なぜあえてリノベーションが選ばれているのだろうか。本記事では、先進的な事例を通して、築古オフィスビルをリノベーションする意義について考察する。

なぜあえてリノベーションなのか

そもそもリノベーションとはどんな工事を指すのだろうか。よく似た言葉であるリフォームと比較するとわかりやすい。リノベーション住宅の普及促進を目的に活動する一般社団法人リノベーション協議会は、それぞれを次のように定義している。

リフォーム:原状回復のための修繕・営繕、不具合箇所への部分的な対処
リノベーション:機能、価値の再生のための改修。その家での暮らし全体に対処した、包括的な改修

この区別の仕方は、住宅に限らず建築物全般についても当てはまるだろう。どんな建物も築年数の経過とともに老朽化していくため、その価値は基本的に目減りしていく。そうした古くなった既存建築に対し、美観や機能などを修繕する工事(マイナスからゼロへ)がリフォーム。建てたときよりもバリューアップする工事(マイナスからプラスへ)がリノベーションといえる。

しかしオフィスの場合、リフォームによって状態を保てても、時代のニーズに応えることは難しい。バリューアップに限界があるのだ。

築年数の経った建物であれば、いわゆるスクラップ&ビルドで、一度完全に解体し、新たに建て替えるという判断もあるだろう。実際にリフォーム・リノベーション市場が成熟していない日本では、建て替え新築が選ばれるケースは多い。建て替え新築であれば、既存建築の制約を受けることなく、自由にプランを練ることができる。一方で、費用の負担が大きく、また既存建築の解体や建築資材の製造に多くのCO2が発生することから、環境負荷の大きな方法ともいえる。

その点、リノベーションは、リフォームよりも建物の「バリューアップに有効」であり、建て替え新築よりも「環境にやさしい」方法と考えられる。ここでは、この2点を実現した築古オフィスビルのリノベーション事例を取り上げ、リノベーション選択の意義について考察したい。

築古オフィスビルのリノベーション事例

1. 大手町ビル(三菱地所株式会社)

1958年竣工のオフィスビル「大手町ビル」の大規模リノベーションを三菱地所株式会社実施した。完成した物件は2021年度グッドデザイン賞を受賞している。

画像は株式会社三菱地所設計のWebサイトより

大手町ビルは地上9階建、東西200メートルに及ぶ長い建物形状が特徴だ。当時としては破格の規模であったが、超高層ビルが林立する現在の大手町においては、低層かつ水平方向に長大な大手町ビルは異質な景観といえる。

同社は大手町・丸の内・有楽町エリアの再開発を手掛けており、これまで築古ビルにおいては建て替えを中心に開発を進めてきた。しかし同ビルにおいては、サステナブルな都市再生手法として既存ストックの活用が選択された。

リノベーションにあたりポイントとなったのが「柱の多さ」だった。一般に柱同士の間隔が狭いと使い勝手が悪いため、現代のオフィスビルでは、レイアウトの自由度が高い無柱空間が好まれる。とはいえ、構造躯体である柱を後から取り除くことはできない。そこで同社は、弱点とも言える「柱の多さ」を逆手に取り、スタートアップ向けの小規模賃貸オフィスとして活かすことにした。

テナント企業が入居しながら段階的に進められた大規模リノベーション工事が完了したのは、着工から4年を経た2022年5月。周囲の歴史的背景に合わせた外装デザインが施され、共用部の内装も一新された。「LABゾーン」と位置づけられたビルの東側には、日本初のFinTech拠点「FINOLAB」やイノベーション創出拠点「Inspired.Lab」が集結。スタートアップと大企業の新規事業開発部門などが共創するゾーンとなり、大手町ビルの新たな特色として打ち出されている。

それまで設備スペースとなっていた屋上には、都内最大級の屋上農園スペース(約658平方メートル)が整備された。また、2021年には館内の電力を再生可能エネルギー由来のものへと切り替えており、環境への配慮がうかがえる。

2. LAIDOUT SHIBUYA(株式会社リアルゲイト)

2021年4月、オフィス・ショップ・ギャラリーからなるクリエイター向け複合施設「LAIDOUT SHIBUYA(レイドアウト渋谷)」がオープンした。1977年竣工のビルをリノベーションしたのは、都心部で60棟以上のクリエイティブオフィスを企画・運営する株式会社リアルゲイトである。

画像は株式会社リアルゲイトのWebサイトより

2~5階のオフィススペースは、配管・ダクトがむき出しとなったスケルトン天井のシンプルな空間となっており、オリジナルの壁面塗装や床仕上げといった造作を施すことも可能。共用部には、大型モニターと360度カメラ、スピーカーシステムを設置した会議室や、1人用のフォンブースなどを備え、Webミーティングのニーズにも対応した。地下1階の「MUSIC BAR」は、昼は入居者専用のシェアサロン、夜はミュージックバーとして営業する。

同社が推進するのは環境配慮型のリノベーションだ。2階の共用空間「COMMUNICATION LOUNGE」では、運営終了となった別施設で使用していた机や椅子、ソファなどの家具に加えて、ドア、サッシ、照明までを再利用している。また、クリーン電力を使用することで、建設時だけでなく、運用時のCO2排出量も抑えている。

運営終了した施設の建材や家具等を再利用した「COMMUNICATION LOUNGE」(画像は株式会社リアルゲイトのWebサイトより)

同社によると、躯体や内外装・設備をできる限り活かしながらリノベーションすれば、既存建物の解体工事や建設時に発生するCO2を大幅に削減することが可能だという。実際、LAIDOUT SHIBUYAを対象に、リノベーションによるCO2排出量の削減効果を算出した結果、既存建物を同規模の新築に建て替えた場合と比較してCO2排出量を約80%削減できるという検証結果が得られたそうだ。

3. BOIL(リノベる株式会社)

神奈川県川崎市のNTT溝ノ口ビルをリノベーションした複合施設「BOIL」が、2021年3月にオープンした。総合企画から設計施工、サブリース、運営マネジメントまでをリノベる株式会社が担当。2021年リノベーション・オブ・ザ・イヤーの無差別級部門にて最優秀賞を受賞している。

NTT溝ノ口ビルの竣工は1974年。電話回線への加入や料金の支払い窓口などの役割を担っていたが、近年は業務効率化などにより事務棟の建物内に余白が生まれていたという。そこで、建物を街に開き、これまでの「通信」発信基地局の機能に、地域参加型の「文化」発信基地局の機能を加える狙いでリノベーションを実施した。

高い天井をスケルトンに施工し、開放的な空間を実現。窓枠の上部に施されたさび止め塗装の鮮やかなオレンジ色に目をつけ、エントランスの庇や家具のアクセントカラーとして取り入れた。1階はダンススタジオやブルワリー、コーヒースタンド、シェアキッチンで構成され、地域住民が集う場所へ。2階はコワーキングスペース、3階はサテライトオフィスで構成され、ワークスペースとなっている。

画像はBOILのWebサイトより

また、BOILを対象に、リノベーションによるCO2排出量と廃棄物排出量の削減効果を評価した結果、同規模の新築に建て替えた場合と比較し、CO2排出量を68%、廃棄物排出量を94%削減できることが確認されている。

オフィスリノベーション成功のポイント

ここで紹介した事例に共通するのは、オフィス用途は残しつつ、ターゲットを設定し直していることだ。「大手町ビル」はイノベーティブなスタートアップ、「LAIDOUT SHIBUYA」はクリエイティブ企業や個人のクリエイター、「BOIL」は地域住民やリモートワーカーをターゲットとした。いずれも数十年前にはほとんど存在しなかったか、顕在化していなかったターゲット層である。新たな需要を的確に捉え、建物を最適化する手段としてリノベーションが採用されたのである。

リノベーションにあたっては、既存建築の「制約」が巧みに活かされている点も共通する。「大手町ビル」において、広いフロアでは障害物となる柱を逆手に取り、スモールオフィスが構築されている点が象徴的だ。

こうした取り組みは「リポジション」とも呼ばれる。改修時にその建物がもつ特性や立地条件を活かし、ほかの建物にはない価値を改めて定義するもので、アメリカでは近年、一般的となっている手法だ。築古オフィスビルの再生が必要とされる日本においても、ビルのもつ資産価値を再構築するリポジション戦略の重要性が増していくことは間違いないだろう。

築数十年のオフィスビルの多くが価値を失いつつある今、リノベーションはますます注目を集めるものと思われる。不動産・建設業界では「サステナブル」がひとつのキーワードになっている。「LAIDOUT SHIBUYA」や「BOIL」の事例が示唆するように、既存ストックを活用することによるCO2排出量の削減効果はきわめて大きい。今後もオフィスリノベーションの動向に注目していきたい。

 


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この記事を書いた人:Wataru Ito