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ワークプレイスをアイデア実証の場に! PoCオフィスの最新事例4選

新しいアイデアや技術の実現可能性を検証することを指す「PoC(概念実証)」。本記事ではPoCについて解説したうえで、オフィス運営にPoCの要素を取り入れた事例を紹介する。

PoCとは何か

IT企業や製薬会社を中心に浸透してきた「PoC」と呼ばれる手法がある。Proof of Conceptの略で、ポックまたはピーオーシーと読む。日本語では「概念実証」と訳され、新たな技術やサービス、アイデアなどの実現可能性を判断するために、開発に入る前に検証を実施することを指す。

似た言葉として「実証実験」があるが、こちらは製品やサービスの問題を洗い出すことが目的とされる。ただし、PoCを通して製品の課題や問題点が明らかになる場合もあるため、実際にはPoCと実証実験に明確な線引きはなく、同様に使われることも多い。

近年、PoCはビジネスプロジェクトの成否を握る試金石として、幅広い業界で行われるようになっている。そのメリットとして次のことが挙げられる。

1. 開発リスクの抑制
実現したい製品やサービスの簡易版を試作し、小規模で仮説検証を行うPoCによって、早期に実現可能かどうかの判断が可能になり、開発のリスクを抑えられる。

2. 無駄なコストの削減
PoCを実施することで、実際の運用上での気づきが早い段階で得られるため、無駄なコストの発生を最小限に抑えながら開発を進めることができる。

3. 周囲の理解の獲得
PoCを実施した結果、新規事業の実現可能性や見通しについて数値的な根拠をもって説明できるようになり、関係者からの理解を得やすくなる。

DXもPoCの時代

PoCは、DX(デジタルトランスフォーメーション)でも成功の鍵を握ると言われている。

IT調査・アドバイザリ企業のガートナージャパン株式会社は2022年4月、国内企業400社を対象にDXの取り組み状況について尋ねた。同調査によると、回答企業の半数以上が下図の8分野すべてに着手していることが明らかになった。日本のビジネス現場では、DXの取り組みが着実に進行しているのだ。

画像はガートナージャパン株式会社のWebサイトより

一方で、既存の業務プロセスを大きく変更する、もしくは新たな事業の創出をめざすことが多いDXにおいては、プロジェクト(DX化)が必ず成功するとは限らない。また、DXではAIやIoTといった新たなテクノロジーを活用することが多いため、プロジェクトの成否を事前に判断することが困難な面もある。

したがって、先行きの見通しが立てにくいDX化においては、「開発リスクの抑制」「無駄なコストの削減」「周囲の理解の獲得」といったリスクヘッジの要素をもつPoCが注目されている。日本企業がさらなるDXを推進するうえで、PoCの果たす役割はますます大きくなるだろう。

一方、PoCには注意点もある。PoCでの技術の検証そのものが目的になり、実際のビジネスに適用する視点や、新たなサービスを利用する顧客の視点が欠けることがあるのだ。また、PoCを実施しても先に進めず、いわゆる「PoC止まり」や「PoC疲れ」の状況に陥ってしまう企業もある。

このような状況を避け、PoCを成功に導くためには以下のステップが基本となる。

1. ゴール(目標値)を設定する
PoCは仮説検証のためのステップであるため、具体的な目標値を決め、目標達成後の動きまでを事前に設定しておく。

2. 検証する
用意した製品やサービスを、できるだけ多くの対象者により実践に近いかたちで使ってもらうことで、客観的かつ説得力の高いデータが得られる。

3. 評価する
検証が終わったら、PoCで得られたデータの評価を行う。その評価をもとにPDCAを回して、サービスの価値の中心をどこに置くのかを決めていく。

これらのステップを経た結果、期待した結果が得られなかったり、立てた仮説が覆ったりすることもある。しかし、PoCにおいてそれは失敗とは言わない。たとえ思うような結果が得られなくても、次の方策を考えるための糧となり、すべての結果が次につながっていくものと考えられる。

PoCオフィスの最新事例

DX推進などを背景に存在感を増すPoC。最近では、企業の基盤となるオフィスでPoCを実践する事例もみられる。今回は、ワークプレイスでアイデアを実証する国内のPoCオフィスの事例を紹介しよう。

1. 社内外の新たなアイデアを試すためのリアルな“実験室”【日本航空株式会社】

日本航空(JAL)は2018年4月、社内外の知見を生かして新しい付加価値やビジネスを創出する活動拠点として、「JAL Innovation Lab」を開設した。このラボでは、100社を超えるパートナー企業と協働し、さまざまなテクノロジーを活用したサービスの検証を行っている。

ラボ内は、アイデアを発想するエリア、3Dプリンターを揃えたプロトタイプ制作のエリア、プロトタイプを並べて検証するエリアの3つで構成されている。検証エリアは、空港のチェックインカウンターやラウンジ、搭乗ゲート、機内を再現しており、プロトタイプのPoCが行える仕様となっている。立案から検証までの過程を一貫して行えるところが特徴だ。

画像は日本航空株式会社のWebサイトより

セキュリティの厳しい空港や機内で、実際にビジネスアイデアを試すのはハードルが高い。だからこそ同ラボで実施されるPoCが果たす役割は大きいはずだ。また、ラボではパートナー企業から最新テクノロジーを紹介してもらう展示会が行われたり、新サービスの記者発表が開かれたりと、オープンイノベーションの拠点としての役割も担っている。

2. 働く環境によるウェルビーイングを自社オフィスで調査【Acall株式会社】

ワークスペース管理サービスを提供するAcallは2022年2月、東京に構える自社オフィスで鹿島建設株式会社と共同の実証実験を行った

同実験では、緑などの自然の要素を取り込んだバイオフィリックデザインに、光や音などの能動的な環境制御を融合させた「そと部屋🄬」と名付けられた空間を自社オフィス内に設置。そこで働く従業員のバイタルデータを収集し、アンケート調査を行って、働く環境によるストレスの増減や生産性の変化を調査した。

Acall東京オフィスに設置された「そと部屋🄬」(画像はAcall株式会社のプレスリリースより)

過去にも鹿島建設では、「そと部屋🄬」内で休憩することによって、リラックス効果や知的生産性の向上が期待できること、打ち合わせで独創性のあるアイデアが出やすいことなどを研究してきたという。しかし、実際にワーカーが働きながらの調査は今回が初の試みとなった。

Acallは座席予約や入退館管理などを組み合わせ、より快適なハイブリッドワーク環境を実現する「WorkstyleOS」を提供している。実験結果は同サービスの方向性にも参考になるものであり、また、ウェルネス空間をオフィスに設置することで、社員のウェルビーイングに貢献する取り組みにもなっている。

ある程度ポジティブな効果が見込まれる実験の場合、自社オフィスでPoCを実践して、従業員と実験のメリットを共有するのも一案だ。

 

3. 「健康経営」をテーマにしたPoCでテナントに付加価値を提供【東急不動産株式会社】

同じくポジティブな効果が期待されるPoCを顧客企業へと広げた事例もある。総合不動産事業を行う東急不動産は、2022年からテナント企業の価値向上とワーカーのウェルビーイングを両立するトータルソリューション「GREEN WORK STYLE 未来の自分をつくる働き方」を構築しており、そのサービス向上を目的とした実証を行っている。

画像は東急不動産株式会社のWebサイトより

同ソリューションでは健康経営のサポートを行っており、東急不動産が所有するオフィスビル・渋谷ソラスタのテナント企業のワーカーを対象に、2022年5月から3カ月間、「食事改善」のサービス実証を行った。具体的には、ライフログテクノロジー株式会社が提供する健康管理アプリ「カロミル」を通して、一人ひとりの健康状態や食事記録をもとに最適なランチメニューのレコメンドを行うというものだ。

このPoCによって、テナント企業には「東急不動産のオフィスビルに入居すれば、社員のウェルビーイングの実現に貢献できる健康経営サービスが享受できる」ことが訴求できる。PoCそれ自体がステークホルダーへのPRにもなることを示す事例と言えるだろう。

4. 個人の集中度に合わせて照明を自動制御するシステムを検証【KDDI株式会社、株式会社Think Lab、東芝ライテック株式会社】

KDDI、Think Lab 、東芝ライテックは、未来のオフィス空間の創出を目的として2020年1月から、バイタルデータと空間データを活用し個人の集中度に応じた照明制御を行う共同実証実験を実施した。場所は東芝ライテック本社のオフィスで、対象は同社の従業員だ。

方法は、Think Labが提供する眼鏡型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」を用いて、従業員の「瞬き」「視線移動」「姿勢」から得られる集中度などのバイタルデータを取得。あわせて東芝ライテックの照明器具に接続したKDDIのIoTゲートウェイにより、オフィスの「温湿度」「二酸化炭素」などの空間データを収集し、それらのデータをクラウドでデータ解析。個々の集中度に応じてオフィス照明の光色や明るさを制御してその効果をみるものだ。

実証を行った環境と使用した実験装置(画像はKDDI株式会社のWebサイトより)

3社はこの実証で得られた知見を生かし、個人の集中に最適な集中照明制御アルゴリズムを機械学習させ、「人を中心に考えた照明」に基づいた、未来のオフィス空間を実現させたい考えだ。これは「Human Centric Lighting」として、2012年頃から欧米を中心に提唱された概念を実証するものであり、まさにPoCの実践といえる。

 

PoCオフィスでオープンイノベーションを

「PoC(概念実証)」と聞くと、ある程度資本のある企業が行うものというイメージをもつかもしれないが、紹介した事例にもあったように、自社オフィスの一角で行うこともできる。また、行政からPoCへの支援を受けるのも一案だ。たとえば、東京都ではスタートアップに対して、仮説検証や社会実装の検証に向けた実証実験の機会と場所を提供し、企業としての急成長を促す支援プログラムを用意している。

先行きが見えにくいVUCA(不確実性)の時代だからこそ、今の社会は企業がさまざまな実験を行うトライ&エラーを応援している面がある。PoCは組織内外を問わずあらゆるリソースを駆使するオープンイノベーションの可能性も秘めた、未来へ向けたチャレンジとなるだろう。

この記事を書いた人:Rui Minamoto